| 年齢にかかわらず旅行はいいもの |
@親が老いては旅をさせよう。(地球号談)
添乗員になって、3回ははっきりと同じような経験をしたのを憶えています。その中でも、特に印象的だった話しを載せてみたいと思います。添乗員付きのツアーでは、ツアーの出発の5日から2日前に出発案内と題して、ツアー参加者の各連絡先に電話をして、ツアー参加のお礼と自己紹介・持ち物などをご案内させていただくのが一般的です。
そのツアーでも、他の時と同様に各お客様に電話をし挨拶を済ませていました。あるお客様の連絡先になっている自宅に電話を入れると、30歳以上だなと分かる息子さんがお出になられました。「ご本人は?」と尋ねると、「現在お風呂に入っております。また、父は耳が悪いので私が伝えます。」と話され、そのまま伝言をお願いしました。通常は、ご本人に必ずお話すようにしていた私にとってはなんとなくその時のことが出発当日まで引っかかるものがありました。
当日、集合場所になっている空港のカウンターで参加者を出迎え、あらためて一人一人のお客様に挨拶して再集合の案内をしていました。大体のお客様のチェックインが終わり、再集合の時間が近づいてきた時でした。若い夫婦と年配の男性が近づいてきました。すぐにそれが気になっていた男性だと直感ではありますが分かりました。それと同時に、こちらから歩み寄り挨拶しようと足早に近づきました。すると、その時も息子さんが前に出てきて、「先日はお電話ありがとうございました。」「父はお電話でもお話させていただいたように、耳が少々悪いので、父に代わって私が聞きます」とご本人には近づけないまま挨拶を終えました。別れ間際に「再集合の後に、お願いがあるので解散したら少々お時間を下さい。」と言い残してご家族は立ち去られました。その時、ご本人と息子さんの奥さんらしき人とは言葉を交わさず、軽い会釈をしたにとどまりました。その年配の男性の方のイメージは「仙人のような人だな」。さすがに、この時点では以前の経験からどんな人か想像はつきました。私はどちらかと言うと、日数が長めで料金の高いツアーに同行させていただく機会が多かったので、お客様も年配の方が多く、体の一部にトラブルを抱えた方とご一緒させていただくことが多々ありました。しかし、この方は歩き方や身体的な問題は外見上まったく見受けられませんでした。電話も耳の悪い方とも何度もいっしょに旅行に同行しましたが、その手の方とも明らかに違っていました。(7月16日UP)
お客様全員のチェックインを終え、飛行機出発の一時間半前の再集合の時間となりました。再度集まって来るお客様に会釈しながら出迎え、全員が揃われたのを確認すると「皆様おはようございます。この度は、Y旅行社主催のツアーにご参加いただきまして、誠にありがとうございます。私、添乗員の…」などと挨拶を済ませ、「それでは、14日間楽しい旅の時間を迎えましょう。後ほど搭乗ゲートでお会いしましょう。」と挨拶を閉めくくると出国を促し、再集合を終えました。まだ、その頃は成田空港でも出国税¥2,040−の券を買ってから、出国検査場へと向かっていました。年配の男性の家族以外が出国検査に向かうのを確認し、それから「お待たせいたしました。」と言い歩み寄りながら話かけると、やはり今までのように息子さんが一歩前に出て話し始めました。「この度は、ご迷惑をおかけいたします。詳しいことは、旅行が終わってからまたお話させていただきますが、実は父は少々痴呆症になりつつある状態です。でも、一ヶ月に一回の割合で海外旅行に出ております。どうやら、海外に出ると緊張でしっかりするようなのです。しかし、現地に着くまでは今の状態と変わらないことがあるので、一緒に出国検査につれて行って下さい。お手数をかけて申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」といい終えると、父親の手を私の肘のあたりを掴ませました。正直、それまで少しその傾向がある方を何度かと、今回のように家族が申込んでツアーに参加した方とは2回ほど一緒に旅行したことのある私は、「まただ」と思いながら、「分かりました。ただ、発作や病気はありませんか」と確認すると、息子さんは「今までは特になかったようです。」そう答え終えると、私が「ご本人に、よろしくお願いします。サー行きましょう。」と声をかけました。その男性は小さくうなずきました。息子さんご夫婦は二人並んで、「宜しくお願いします。」と挨拶すると深々とお辞儀しました。その時のお二人の顔見る限りでは、添乗員に申し訳ないとか厄介払いが出来たというような感じではなく、大事な家族との長い分かれの時のようなもの悲しい表情でした。「この時、本当に心配なんだな。大切にされているんだな。」と感じました。そして、「158cm前後で、のど仏がはっきり見えるほどやせ短髪白髪の68歳半ばの男性」と一緒に出国検査場に向かいました。そして、先に出国検査を終えたお客様の待つ搭乗口までまっすぐ向かいました。物静なその男性は、まったくしゃべることなく私の腕を掴みながらただ付いて来ました。搭乗時間まで時間がしばらくあり、まだ他のお客様は免税店などで買い物でもしているようで、ほとんどゲート前で見かけることがないため今のうちにと思い、その男性をトイレに連れて行きました。そして、再びゲート前に戻り、他のお客様が揃うのを待ちました。「ルフトハンザ航空OOO便の搭乗を開始します。」と放送があり搭乗が開始すると、乗り遅れる方がいないようにその男性とゲート横に立ち皆さん全員の登場を確認後、私たちも最後に搭乗しました。
自分の席に向かう途中、自分のグループのお客様が全員搭乗しているか再確認しながら、いったん座席に行きました。窓側の次のBに男性の席、その隣の通路側に位置するC席に私が座るようにしました。「多分」と予想していた私は事前に自分の座席をその男性の隣に割振っていました。この座席配置には、理由がありました。以前、同じように痴呆症になりかけの方に同行した際、飛行機が下降している最中にもかかわらず席を立って景色を見ようと歩き始めてしまってしまい、途中で抱きかかえて自分の膝の上に座らせたまま着陸したことがあったためでした。男性のシートベルトを締め、「座っていてくださいね。」とゆっくりと耳元で話しかけ、うなずくのを確認してから他のお客様の席を回り、自分の座席・飛行時間・また到着30分前に再度説明に来ることなどを告げ、自分の席に戻り出発を待ちました。
飛行機が出発し30分位して平行飛行になりシートベルト着用のサインが消えると、フライトアテンダントがドリンクのサービスを始めました。その中の若干は日本人でしたが大半がドイツ人でした。私たちの担当も日本語を離せない男性のドイツ人でした。徐々に注文を聞きながら近づいてくるスチワートの姿、多分このことすら私の隣の男性には緊張に値したのでしょう。スチワートが私たちの席に来る前にと「飲み物が来ますけど、何が飲みたいのですかと」と聞くと、それまでほとんど声を発することのなかったのですが、はっきりした声で半ば馬鹿にするなと言いたげにも取れるき然とした態度で「ぼくはオレンジジュースをお願いします。」とこちらを向きながら答えました。声を発することはないものの目はそれまでもはっきりとしていたように思っていましたが、私にそう話しかけた後の彼には豹変と言う言葉が適切なほど態度や行動には明らかな違いを感じぜずにはいられませんでした。まるで別人が横に座ったがごとく、その時はそれまで私をどのくらい親切な添乗員かを試されていたのじゃないかと疑いを持ったほどでした。
それからは、機内の電気がついている時間だけではありましたが、いろいろな話をしました。息子さんが一人っ子であること。お嫁さんが優しくしてくれること。奥さんがすでに他界したこと。今までどんな国に行ったのか・普段は何をしてるのかなど。その会話が始まって10分するかしないかの間に、先ほど感じた「馬鹿にするなしっかりしているんだ俺は」と言いげな態度とはまた反対に、「実は私は少しボケ始めてきてしまったようです。ご迷惑をかけないように言われたことは守るように心がけますので、宜しくお願いします。」と丁寧でやさしい声で話されました。その他の会話では、確かに記憶は断片的なところがあるものの、自分自身に旅行に行きたいという意思があることは分かりました。しかし、どうしてこのコースを選んだのかや普段の生活に付いては、聞かれたくないというのではなく、「そう言えばどうしてだろうね」と答えるだけでした。
飛行機が目的地に到着してからの行動は、完全には安心して目は離せる状態にはないものの、自分から私のそばにいるように心がけているため他のお客様に迷惑がかかることはなかったように思います。どのくらい私の中で安心していたか、また問題を起こさなかったは、旅行中でのその男性の記憶で残っているのは、いつも自分の隣の部屋を用意したこと、朝食や出発に下りる時・ホテルに到着して部屋に行く時に一緒に上がったこと、観光中に振り返るといつもそばにいて、説明を聞いている時は楽しそうに微笑みながら聞いていたこと、そんなにグループの方とは声を交わしてはいないのですが、外のレストランで食事をするときはグループの方から一緒に座ろうと声をかけられみんなに交じって食事をしていたことなどだけなどからも明らかです。
そして、話は飛びますが帰国の日を迎え、飛行機に乗るまでは特にそれ以上変わったことはありませんでした。しかし、飛行機が日本に近づくにつれ、安心したのか少しずつ日本出発の時のようにほとんど話さない、答えがおぼつかない状態になってきたのがわかりました。更に、成田空港に到着のため下降し始めると、まったくといって良いほど言葉を発することはなくなりました。そして、到着して息子さんに会う前の入国検査・荷物を受け取るときは、ずっと私の袖を掴んでいました。そのまま袖を掴まれたまま、通関し到着ロビーに出ると、そこには男性の息子さん夫婦が心配そうな顔をして立って待っていました。息子さん達は、こちらに気付くと一礼してから足早にこちらに近づいてきました。その後、立ち話では申し訳ないのでと空港内のレストランに誘われました。その時、ふっとツアー中の癖で男性を目で追っていました。息子さんの奥さんの半歩下がったところで手を握ってもらって立っている光景が目に入ってきました。この時、自分の役割が終わったなと感じ肩の力が抜けたのを憶えています。
レストランでは、息子さんが自分の隣に座り奥さんと男性が向かい側に座りました。そして、注文が終わると息子さんが、「ご迷惑をおかけいたしました。問題は起しませんでしたか。ありがとうございました。」と話し始めました。私は見たありのまま、そんなに手間がかからなかったことやグループの方々にも受け入れられていたことなどを答えました。すると、安心したようで、更になぜ父親が痴呆症になり始めているのに海外旅行に出しているのかなどを語り出しました。
切り出しは、男性の奥さんが6年前になくなられたことでした。それからは、今のように三人で住んでいること。3年前に仕事を止めたこと。そこそこ大きい会社で管理職であったこと。お金はあるので、小人数で添乗員の付く会社のツアーに申込んでいることなど。また、更に息子さんのお嫁さんがいつも痴呆症の父親の面倒を見ていること、息子さんが奥さんに自由な時間をあげたいことも話した上で、2年前から症状が出始め最初のうちは軽い状態で、病院の先生から「短めの海外旅行に出してみたらいつもの生活と違うことでおこる緊張感から、進行が遅れる可能性がある。」とアドバイスを受け、海外旅行に出すようになったこと。その頃から、海外旅行から帰国してしばらくはいつもよりしっかりした状態になり、半月ぐらいするとまた元に戻り、それ以上いると状態が進行するため一ヶ月に一回13〜15日間のツアーに申込んでいて、本人も嫌がってないことも話されました。しかし、日本に居る時の状態を見る限り、もうそろそろ無理ではないのかと思い、旅行に出されるのをやめようと考えているようでした。
多分、これを読んだ方々は「ひどい息子」・「気分の悪い話し」と感じた人も多いのではないでしょうか?しかし、現実にこの話しを選んで載せたのは、今までに同様の体験をしたことを冒頭に申しましたが、実際に物忘れがひどい方や少し痴呆症ではないかなと思われる方を合わせると、かなりの割合でそういた方に出会います。少しでも記憶があるうちにと家族が同行して参加される場合もありますし。症状の変化に大小はあるものの、大半の方は私が見る限りでは、海外滞在中にその症状は好転しているように思われます。今回、この男性の話しを選んだのも、特に同じようなケースで好い方に一番変化が見られたため記憶に残っていたからです。旅行は体力を使うため、体のことを考えると必ずしもお年を召した方にお勧めできるわけではありませんが、最近では実際に海外旅行は痴呆症防止に良いことが医学的にも分かってきていて、テレビなどでお医者さんが話している機会を見ることが増えました。
西洋では、すでに年配者だけを対象にした海外旅行が国の援助の元に、低料金のツアーが設けられています。こういったツアーでは、足の弱っている方のことも配慮し、アルミで作った椅子を配り、説明時は椅子として使い、移動時は杖として使えるようになっています。日本では、まだそのような福祉ツアーは自分の知る限りないと思いますが、高年齢化の進む日本においては、痴呆症防止の大きな役割を果たすのが海外旅行になっていくかも?まだ、痴呆症になっていない方も、自分は大丈夫と思っている方も予防策として海外旅行に出てみてはいかがでしょうか。
@親が老いては旅をさせよう。2001年7月21日UP終了
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